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It becomes a wind...

  • meteornightrain
  • 2015年3月14日
  • 読了時間: 3分

もうすぐ桜の季節ですね。意中の人の名字を冠した季節。とても好きです。

今日、黒色すみれさんのコンサートに京都SOLE CAFEまで行って来ました。

ゆかさんも、さちさんもとても可愛らしく素敵なフィールでいてくれました。

彼女達のコンサートのDVDを買って、サインをして貰ってーー彼女達は僕の事を覚えていてくれましたーーそのDVDを観ながらこのテキストを書いています。

その時彼女達に生まれて初めてのファンレター(京都夜想でのコンサートや、バクチクの或いはアナーキーのヴィデオディスクを観たフィールのまま、それを詩にしてタイプしたものです。)を渡して...

そして片羽の天使のパパーヌを観る事が出来ました。

片羽の天使の悲しい歌です。僕は彼女達の寓話や、死生観を顕している曲世界に惹かれているので不覚にも涙ぐみました。

もしこの世界に必然というものがあるのなら僕はそこで立ち直っていたでしょう。

だけど自分の背後には狂気がある。

桜の持つ狂気、そのものが。

それがすぐそこに迫っている今、音楽は無力かもしれない。だけどずっと音楽の残響を追い求めています。ずっと聴き、観ています。

それはバクチクにも...。

自分はこの四半世紀、望むのなら悪魔にも全てを捧げていました。

だけど実は神の元でだらしなく可笑っていただけかもしれない。

そして堕ちて行くーー

自分は昔、ある事を叶えるのなら死んだって構わないと思い生きていました。

ゴダールを愛し、ピエロルフに魅了され、同時に手塚先生、石ノ森先生に自分のアウターエゴを育んでいた常春の季節。

それは今現実の春を目前にして突然途切れました。それはランヴォーが詩を捨てた年齢に自分の感受性が破局に導かれ狂った太陽の世界に逃げ込んだ時、その時は希望がありました。

だけど今は無い。初めての挫折。そして迫り来る死に取り囲まれて。

だけど、僕は何も変わらないとしても言葉を語り続けるでしょう。

ゴダールのさらば愛の言葉よで読まれるルーティーン。アデュー、ランゲージ...「おお神よ」。

神の配剤は真実にあるのか。ルシファーは真実に人でなしなのか。

だが、自分はずっと自らが信じたものの為に生きて行くでしょう。

たとえ死んだとしても構わない。

そして、今蘇る自分の存在そのもの。ボードレールの詩が自分の内側に蘇る。

何度でも。蘇る。何度でも。

ランヴォーの「暗殺者」の時ではない。

今こそ「叛逆」の時。

何が欲しい 何を望む 翳り行く世界

捧げよう 悪魔へと 何もかも 捧げる

曲は片羽の天使のパパーヌにしたかったんだけれど無かったので...すみれの歌を。

そして、もう一人、自分の愛してやまない小説家の小説のタイトルを...

闇の恋歌が聴こえる...


 
 
 

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